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福岡地方裁判所 昭和57年(ワ)2842号 判決

原告

A

被告

株式会社新潮社

右代表者

佐藤亮一

被告

山田彦弥

右被告両名訴訟代理人

多賀健次郎

武田仁宏

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因の追加的変更の許否

1  本訴に関する従前の請求の請求原因は週刊新潮昭和五七年四月一日号タウン欄の記事が原告の名誉を毀損し、不法行為を構成するとして、その損害の賠償を求めるものであり、追加的変更を求める新請求原因は(一)同誌昭和四九年一二月五日号特集記事、(二)同誌同年同月一二日号特集記事、(三)同誌同年同月二六日号特集記事、(四)同誌昭和五七年九月一六日号社会欄記事が原告の名誉を毀損し不法行為を構成すると主張するものであることは、原告の主張自体と〈証拠〉に徴して明らかである。

2  〈証拠〉参照すると、従前の請求原因の記事と新請求原因の各記事とは、いずれも原告の、いわゆる「別府三億円保険金殺人事件」に関する記事とは言うものの、記事作成者、記事の内容、目的、発表時期において全く相違し、犯罪報道等の記事と名誉毀損の成否の関係においては、到底、請求の基礎に変更がないとは言い得ない。しかも請求原因の追加的変更に対し被告らが異議を申立てている本件においては民事訴訟法第二三二条により原告のなす請求原因の追加的変更は、これを許すに由ないものである。

3  のみならず原告は昭和五八年八月一二日の本件第三回口頭弁論期日において、本訴において損害の賠償及び謝罪文の掲載を求める対象文書は甲第一号証の昭和五七年四月一日号週刊新潮一七頁の原告に関する記事のみであることを明言しているのであるから、その直後の本件第四回口頭弁論期日において請求原因の追加的変更を求めるのは禁反言の法理からしても許されることではない。

4  以上の次第で原告のなした請求原因の追加的変更の申立は採用できない。

二従前の請求についての判断

1  請求原因1(但し、週刊新潮の発行部数を除く)及び同2の各事実は当事者間に争がなく、前出甲第一号証によれば、本件記事は作家松本清張が原告のいわゆる別府三億円保険金殺人被告事件に関心をよせ、これをテーマにして「昇る足音」(のちに改題されて「疑惑」)という小説を書き、その小説が脚色されて「疑惑」という題の映画が作られることになつたこと及びその極めて簡単な梗概を報道した記事の一部をなすものであること、そして本件記事は右報道の前提となる別府三億円保険金殺人被告事件(一審有罪判決に対し現在控訴中)に対する執筆者の評価(論評)であり、その中に原告指摘の如き(請求原因3)文辞が用いられていること(この点は争がない)、したがつて本件記事自体その限りで原告の名誉を毀損するものであることは用いられている文辞から明らかといわねばならない。

2  しかるところ被告らは、本件記事は公共の利害に関する事実にかかり、その目的が専ら公益を図るに出たもので真実であるか、真実であると信ずるにつき相当の理由がある旨主張する。

ところで名誉毀損における民事責任の追求においても刑法二三〇条ノ二の趣旨を勘案して、当該行為が公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、その行為には違法性がなく(違法阻却事由)、且つ、摘示された事実の真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときには故意、過失がない(責任阻却事由)と解するのが相当である(最一小判昭和四一年六月二三日民集二〇巻五号一一一八頁参照)。

これを本件についてみるに、〈証拠〉を総合すると、原告は昭和五〇年一月二日前記別府三億円保険金殺人事件の被告人として大分地裁に起訴され、昭和五五年三月二八日本件記事に要約されたような事実認定のもとに一審有罪の死刑判決を宣告され、現に控訴中であるが、控訴趣意の主要点は原審の事実認定の不当を争うものであること、他方、本件記事を執筆した座間真一はもとより原告とは一面識もなかつたが、右被告事件についての各種新聞報道、過去における週刊新潮掲載の右事件の各種記事や自らの取材結果を参照し、被告人である原告が控訴して原判決の事実認定を不当として争つていることは知りながらも、それはそれとして右段階における雑誌記者の立場では特段の事情もない以上大分地裁の第一審有罪判決を尊重し、その事実認定を真実と考える以外にないとして松本清張の小説「疑惑」の映面化の報道記事の一部として、そのテーマとなつた別府三億円保険金殺人被告事件について本件記事を作成したものであること、そして原告の行為とされている右犯罪の酷薄非情さを比喩的にとらえて「九州一のワル」と表題し(比喩的という意味は、犯罪の態様から例えば「日本一のワル」としても可笑しくないとするもので計数的のそれとは異る)、犯罪事実の態様から「車で別府港の岸壁から突入して」と要約したものであり、事件の特異性から直接的証拠のないことを思つて「ただし物的証拠は皆無で状況証拠のみ、ワルのワルたるユエンか」という表現となり、統計的にみても昭和四九年以来保険金目当ての殺人事件が少いとはいえず、特に昭和五三年、同五四年には頻発と表現しても可笑しくない急増ぶりを念頭において「八年前の九州一のワルの事件からだろう」と推測して本件記事を作成したものであり、このような犯罪の特異性に創作意欲をかきたてられた作家松本清張の小説「疑惑」の映画化とその簡単な梗概を報道したものであることが認められ、他にこれに反する証拠はない。

右認定の事実によれば、本件記事は原告の別府三億円保険金殺人事件という犯罪行為に対する論評であり、その目的は右犯罪事件に関連する小説「疑惑」の映画化の事実を広く一般公衆に知らしめるための報道を主目的としたものであること及び執筆者と原告との間に特段の利害関係などある筈もないことが明らかである。

そうだとすれば、右の如き特異な犯罪についての論評である本件記事が公共の利害に関しないとはいえないし、小説「疑惑」の映画化の報道を主目的とし、執筆者と原告との間に特段の利害関係もない以上、公益を図る目的に出たものと解するのが相当である。

そして判決確定までは無罪の推定をうけるという近代法思想のもとでは、原告が第一審の有罪判決の事実認定の不当を争つて控訴している現段階において、ただちに真実の証明(違法阻却事由)がなされたとはいえないにしても、少くとも真実と信ずるにつき相当の理由(責任阻却事由)ありと解するほかはない。

三結論

以上の次第で原告の請求は、その余の争点に言及するまでもなく、失当として棄却を免れない。

よつて原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(麻上正信 橋本勝利 河野泰義)

謝罪文〈省略〉

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